全日本ピアノコンクール

藤重佳穂さん

高校生の部で見事第1位に輝いたのは、富山県立呉羽高等学校普通科音楽コース3年生の藤重佳穂さん。12年に及ぶピアノとの歩みの中で、藤重さんがどのように葛藤し、自らの音楽を見出してきたのか。第一志望の大学受験を目前に控えた藤重さんに、その胸の内を語ってもらいました。

藤重佳穂さん


藤重さんがピアノの鍵盤に初めて触れたのは、まだ物心つく前のこと。家にあったピアノで無邪気に遊ぶ、音楽好きの少女でした。5歳上のお姉さまが現在の先生に習っていたことが、藤重さんを本格的な音楽の道へと誘う大きなきっかけとなります。お姉さまのレッスンに毎回同行し、その指導を間近で聞き続ける日々。自分もお姉さまと同じように師事したい、と本格的に習い始めたのは小学1年生の時です。しかし、幼い頃はなかなか練習に身が入らず、お母さまに叱られることも度々あったという、よくあるピアノ少女の日常が、藤重さんの音楽人生の原点です。

小学校高学年を迎えた頃、藤重さんの前に大きな壁が立ちはだかりました。それは「表現力」という、正解のない問い。自分のイメージや心にある思いをどう音に乗せればよいのか、その術が見つからないもどかしさに直面します。中学生になり、進路を考える時期に差し掛かっても、その悩みは消えませんでした。音楽コースのある高校へ進学し、音楽の道で生きていくことを決意したものの、表現力の欠如という課題は、藤重さんの心を重く支配し続けました。練習そのものを苦痛に感じ、どうピアノに向き合えばいいのか分からなくなってしまった時期もあったといいます。自分の思い描く音楽が音にならない、それどころか自分がいったいどう弾きたいのかさえ見失ってしまうというスランプ。そんな暗闇の中にいた藤重さんを支えたのは、身近な存在であるお母さまの無償の信頼でした。自分以上に自分の可能性を信じてくれるお母さまの視線。そして、慰めるのではなく、厳しく熱量を持って導いてくれる先生。そんな身近な大人たちの存在が、藤重さんの折れそうな心を繋ぎ止めていたのです。

ピアノデュオで演奏した学校のオペラ公演。チャイコフスキー『くるみ割り人形』より5曲を演奏


長いトンネルを抜け、光が見え始めたのは、高校3年生の夏のことでした。きっかけは、学校の部活動の一環として取り組んだ、2台ピアノによるオペラ公演。それまでの藤重さんの演奏は、技術的な完成度を求めるあまり、視覚的な演奏効果や、聴き手にどう届くかという視点が抜け落ちていたといいます。共演した同級生との対話の中で、「どうやったら聴いている人が楽しんでくれるか」という考え方に向き合った藤重さん。客観的に自分の演奏を見つめ直し、あえて大袈裟な動きを取り入れてみるなど試行錯誤して、公演を作り上げました。それは、藤重さんが大切にしてきた「音そのもので勝負したい」という頑固なこだわりを一度手放す作業でもあったといいます。しかしその経験を経て、藤重さんの中で何かが変わり始めました。形としての動きを意識したことで、逆に「表現したいことのために、自然と体が動く」という感覚を掴み、音と表現がバシッとはまるような瞬間を味わうことが増えたといいます。その変化は、今回のコンクールでの評価にも如実に表れていました。

本選で藤重さんが演奏したのは、バッハの『平均律クラヴィーア曲集第2巻第9番』と、リストの『超絶技巧練習曲第4番「マゼッパ」』。バッハの演奏において審査員から高く評価されたのは、「自然な表現」でした。無理に作り込むのではなく、音楽が本来持っている流れをそのまま感じ取り、素直に音へと託していくというアプローチが、聴き手の心に真っ直ぐに届いたのでしょう。一方、難曲として知られる『マゼッパ』では、楽曲の題材となった物語を深く読み込み、自身のイメージへと落とし込みました。コンクールの結果発表を知った時の驚きと喜は、苦悩し続けた努力が報われた瞬間だったといえます。

ピアノという楽器の魅力を、藤重さんは「一人でオーケストラを操るような感覚」と表現します。一人の人間が、あたかも複数の楽器によるアンサンブルを成立させているような多層的な響き。藤重さんが指揮者となり、ピアノという名のオーケストラに命を吹き込むというイメージです。それは、藤重さんが学校で学んできた声楽や、他の人達の伴奏経験から得た考え方でもあります。歌うように弾く、という普遍的な課題に対し、実際の歌のレッスンで得た息遣いやフレーズの作り方をピアノ演奏へと還元しました。高校生活で3年間務め上げた歌の伴奏も、藤重さんの音楽に客観的な視点をもたらしたといえるでしょう。誰か他の人の音楽に寄り添い、共に作り上げる経験が、藤重さんのソロ演奏に奥行きを与えていることは間違いありません。

現在の藤重さんの生活は、まさにピアノ一色。平日は5時間、休日は10時間にも及ぶ猛練習を積んでいます。その方法は、分刻みのスケジュールを週の初めに組み立て、自分を追い込むストイックな姿勢。朝、昼、晩とブロックごとに課題を決め、一音一音拘りながら向き合う日々です。同じ曲を長く練習し続ける中で陥りがちなマンネリ化という罠に対し、藤重さんは「常に新しくありたい」という強い意志で抗います。昨日と同じ音を弾くのではなく、今の自分にしか出せない響きを模索する日々です。

そんな極限の集中力を要する日常の中で、唯一の息抜きは、先生から借りた宝塚歌劇団をモデルにした漫画『ライジング!』を読むことだそう。芸術に命を懸ける人々の物語に自分を重ね、束の間の休息を得る受験生の横顔が垣間見えます。現在は高校での授業が終わり、全ての時間を自分自身とピアノに捧げられるようになった今、藤重さんの視線はすでに、4月始まるであろう新しい学びの場へと向いています。

高校2年生の秋、オーディションに合格し出演した演奏会。ショパン『スケルツォ3番』を演奏


藤重さんの夢は、単なる演奏家にとどまりません。「自分の演奏が聴いている人の心に触れ、同じ時間や感情を共有できるピアニストになりたい。自分の聞いてる音でお客さんが何か心動かしてくださったらすごく嬉しいです」。他の奏者とのアンサンブルや、いつかオーケストラと共演してコンチェルトへも憧れを抱いています。富山の美しい自然の中で育まれた藤重さんの音楽は、これから新しい環境や人々との出会いを受け、より豊かに開花していくことでしょう。

全国大会での藤重佳穂さんの演奏はこちら。

2025年度インタビュー 高校生
シェアする